白金の静かな通りを歩くこと十五分、世界は少しだけ違う時間を刻み始める。扉を開けば、そこには八席ほどのカウンターと、料理の全てが方程式へと昇華する空間が広がっている。レストラン・アルゴリズム——その名の通り、深谷博輝シェフが紡ぎ出す美食の論理が宿る場所だ。
かつて三つ星レストラン「カンテサンス」で腕を磨いた深谷シェフは、2017年にこの隠れ家のような店を開いた。「フレンチ方程式」という独自の哲学を掲げ、国内外の経験から得た技術と感性を再構築し、最適解としての一皿を追求し、わずか一年後に見事一つ星を獲得。それは単なる異国料理の模倣ではなく、深い思考と実験から導き出された彼だけの解答だ。
白を基調としたモダンな店内は、どこか親しみやすさを感じさせる。厳格さの中にも温かみがあり、料理人としての真摯な眼差しの奥に、客を楽しませたいという思いが垣間見える。カウンター越しに繰り広げられる料理の過程は、まるで小さな舞台芸術のようだ。
ここでの食事は全てお任せコース。昼と夜、それぞれに異なる構成で提供されるが、どちらも信じられないほどのコストパフォーマンスを誇る。数字の向こうにあるのは、単なる食材の組み合わせではなく、五感を通して描かれる物語だ。海の幸と大地の恵みが絶妙に調和した前菜、季節の魚介に施される繊細な火入れ——それぞれの皿は、シェフの頭の中で巡らされた複雑な計算式の結果なのだろう。
特に「不滅のアルゴリズム」と称される主菜は、多くの常連を魅了し続けている。選び抜かれた肉の部位がシェフの手によって新たな命を吹き込まれ、舌の上で華麗な変容を遂げる。
ワインペアリングもまた、この店の大きな魅力だ。様々なグラス数から選べる夜のペアリングは、料理との対話を深める重要な役割を担う。あるいはノンアルコールペアリングを選んでも、その繊細な味わいに舌を驚かせるだろう。特に昼のコースとペアリングは、その価値に比して信じがたいほどの良心的な価格設定が、多くの客に印象深い体験を残している。
確かなのは、訪れた者が再び足を運びたくなるという事実だ。食べログの「フレンチ百名店」に選ばれ、アワードも獲得したこの店は、表立った宣伝をほとんどせずとも、口コミだけで確固たる地位を築き上げた。
深谷シェフの料理哲学は、単に美味しいだけではない何かを求めている。それは食材と技術と感性が交わる点を探す旅であり、毎日少しずつ変化し続ける方程式だ。訪れる客もまた、その解を一緒に見つける旅の伴走者となる。
レストラン・アルゴリズムは、東京の喧騒から少し離れた場所で、静かに革新を続けている。その扉を開ければ、あなたもまた、深谷シェフが解き明かそうとしている美食の方程式の一部になるだろう。
文・一順二(にのまえ じゅんじ)

