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赤湯龍上海本店

陽光が差し込む古びた店内、その熱気と香りに満ちた空間に身を置くと、そこはもはや現実と異なる次元だ。赤湯の地に根を張り、半世紀以上の時を超えて生き続ける一軒の店。「赤湯龍上海本店」という名を掲げるこの場所は、単なる食事処ではなく、情熱と執念が形となった物語の舞台である。

店に足を踏み入れた瞬間、立ち込める湯気と共に漂う複雑な香りが鼻腔をくすぐる。濃厚な出汁の芳醇さ、味噌の甘みと旨味、そして控えめに主張する唐辛子の刺激。これから味わう体験への予告編が、既に五感を研ぎ澄ませる。

龍上海の歴史は、南陽市の静かな通りに溶け込んだ佇まいからは想像もつかない熱量を秘めている。地元の人々の日常に寄り添いながらも、その名声は県境を越え、やがて全国へと広がった。それは偶然の産物ではなく、一杯のラーメンに込められた創業者の情熱と、それを受け継ぐ者たちの不断の努力の結晶だ。

山形県南陽市二色根、この地に腰を据える本店は、JR奥羽本線「赤湯駅」から徒歩約20分。都会の喧騒から離れたこの立地にもかかわらず、24台分の駐車場には常に車が絶えない。営業時間は11時30分から19時まで、水曜日の定休日を除けば、日々多くの人々が訪れては、至福の時間を求める。

冬の厳しい寒さを知る土地だからこそ生まれた、体の芯から温まる一杯。その代名詞「赤湯からみそラーメン」は何物にも代えがたい価値を秘めている。濃厚な味噌スープの中央に鎮座する真っ赤な辛味噌は、ただの調味料ではなく、この店のアイデンティティそのものだ。少しずつスープに溶かしながら味わうその変化は、一杯の中で繰り広げられる味覚の旅路といえる。

この辛味噌の存在感は圧倒的でありながら、決して強引に主張するものではない。辛いのが苦手な人でも、量を調整することで自分だけの味わいを見つけることができる。これこそが、多くの人々を魅了する秘密の一つだろう。

原点となる「赤湯ラーメン」は醤油ベース。鶏ガラや魚介をベースにした醤油スープは、からみそラーメンとは対照的な繊細さを持ちながらも、確かな存在感を放つ。チャーシュー好きには、ボリューム満点の「からみそチャーシューメン」や「しょうゆチャーシューメン」も見逃せない選択肢だ。

暑い季節には、「冷やし中華」や「からみそ冷やし中華」が登場する。特にからみそを活かした冷やし中華は、冷たさと辛さのコントラストが食欲を刺激する逸品だ。

しかし、龍上海の真髄はただの味の良さだけではない。その背後にある職人技と素材へのこだわりこそが、半世紀を超える繁栄の礎となっている。

スープは豚骨や鶏ガラをベースに、煮干しなどの魚介系の出汁を合わせた複雑な構成。表面に浮かぶ油膜は、最後の一滴まで熱さを保つための工夫だ。一見シンプルな見た目の中に、計算された緻密さが息づいている。

麺は太い平打ちの手揉み縮れ麺。地元で出前の需要が多かったという歴史的背景から、伸びにくさを追求して生まれた形状だ。モチモチとした食感とスープとの絡みの良さは、単なる偶然ではなく、長年の試行錯誤の末に到達した境地といえる。一杯あたり180gという量も、満足感を高める要素の一つだ。

そして何より、辛味噌。地元産の赤味噌に唐辛子やニンニクなどを加えた秘伝の調味料は、この店の魂といっても過言ではない。スープに溶け出すことで、一杯の中に無限の味わいの変化をもたらす、まさに魔法の粉だ。

実際に訪れた人々の声は、その魅力を雄弁に物語る。「並んででも食べる価値がある」という評価は、単なる誇張ではなく、真実の言葉だ。週末や食事時の行列は、その証左といえるだろう。

店内の雰囲気は特別な装飾などはないが、活気に満ちている。ここには、ラーメンという日本の食文化の一角を守り続ける静かな闘志が満ちている。地元の常連から遠方からの観光客まで、様々な人々が交錯する空間は、一杯のラーメンを通じた小さな文化交流の場でもある。

周辺にも様々なラーメン店が存在するが、龍上海の最大の強みは、他では決して味わえない独自性と、それを支える歴史の重みだ。山形県内にはいくつかの支店も展開しているが、本店で味わう一杯には特別な魔法がかかっているように感じる人が多いのも納得できる。

赤湯の静かな町に佇む龍上海。その扉を開けば、そこには単なる食事以上の体験が待っている。濃厚な味噌スープと自家製の手揉み太縮れ麺、そして後から追いかけてくる辛味噌の刺激は、舌の上で織りなす一編の物語だ。

この店で出会う一杯は、ラーメンという枠を超え、情熱と歴史が結実した芸術作品といえる。山形の冬の厳しさを知る土地だからこそ生まれた、心身を温める一杯に込められた魂の叫びを、ぜひ自らの舌で確かめてほしい。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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