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ヴィラ・デラ・パーチェ

能登半島の静かな海辺に佇む「ヴィラ・デラ・パーチェ」は、名前の通り"平和の館"として訪れる者に安らぎと驚きを与える隠れ家だ。七尾湾をのぞむ180度のパノラマビューを持つこの場所で、東京から移住してきた平田明珠シェフは独自の「能登キュイジーヌ」を追求している。

かつての塩津海水浴場跡地。建物周辺には視界を遮るものがなく、海と空が溶け合う風景が広がる。平田シェフがこの地を見つけるまでに費やした2年の時間は、彼の理想の場所への執念を物語る。2020年、七尾市内から現在の場所へ移転し、長年の夢であったオーベルジュを開業した。

サラダ

平田シェフの料理哲学は単純明快だ。炭火や藁焼きといったシンプルな調理法で、能登の食材本来の味を引き出すこと。七尾で毎日水揚げされる鮮魚や、ミネラル豊富な赤土で育った地元野菜を、その日のうちに仕入れて使用するこだわりは、彼の「地産地消」への真摯な姿勢を表している。

自ら近隣の山々で山菜や野草を採取することもある平田シェフの料理は、能登の風景そのものを表現したいという思いが込められている。イタリア料理をベースとしながらも、塩と水だけで食材の旨味を最大限に引き出す技法は、まさに能登の風土と伝統を現代的に解釈した「能登キュイジーヌ」と呼ぶにふさわしい。

定番メニューの「畑」と名付けられたサラダは、移転前から続く看板料理でありながら、常に進化を続けている。蕎麦粉を使った「蕎麦がき」から始まるコースや、脂の乗った能登産サワラのローストなど、料理は能登の四季を映し出す鏡となる。

肉ときのこ

食事に合わせて提供されるのは、自然派ワインや地元の日本酒。常駐するソムリエが選ぶドリンクペアリングは、マニアックな銘柄も含め、料理の魅力を一層引き立てる。

一日一組限定のオーベルジュは、レストランに隣接する新築の木造家屋にある。シンプルながらも清潔で快適な空間には、高品質なタオルや天然素材のパジャマなど、細部へのこだわりが感じられる。目の前の静かなビーチへすぐにアクセスできる立地は、宿泊客だけが味わえる特権だ。

朝食は地元の食材をふんだんに使った贅沢な内容で、自家製ジャム、蜂蜜、産みたての卵、チーズ、そして能登のブーランジェリー「月とピエロ」のパンが供される。静かで落ち着いた雰囲気の中で、前夜とはまた違った平田シェフの技を楽しむことができる。

2024年1月の能登半島地震では、建物にわずかな亀裂が入った程度で大きな被害はなかったものの、平田シェフは七尾市の避難所で食事を提供する活動に尽力した。また、地元の他のシェフたちと協力して地域を支援する活動や、東京で開催されたチャリティイベント「NOTO NO KOÉ」に参加するなど、料理を通じて能登の復興を支援している。

「食べログアワード2025ブロンズ」の受賞や「食べログ イタリアン WEST 百名店 2023」への選出など、その評価は客観的な指標からも明らかだ。レビューでは「独創性、味、雰囲気、サービスの全てにおいて優れている」「その年の訪問した高級レストランの中で最高峰に感動した」など、訪れた人々の高い満足度を伺わせる言葉が並ぶ。

パスタ

能登の豊かな自然と食材、そして一人のシェフの情熱が生み出した「ヴィラ・デラ・パーチェ」。この場所で過ごす時間は、日常の喧騒から解放され、本物の豊かさを再認識させてくれる。海と空と大地の恵みを、五感全てで味わう贅沢な体験は、能登が誇る新たな文化遺産と言っても過言ではないだろう。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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